コラムスピン :第25回:音楽の本質的魅力は音質とは関係ない、と思ってた…。

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第25回:音楽の本質的魅力は音質とは関係ない、と思ってた…。

~音楽プロデューサーの実業の視点から~

音質論はまだ続きます。今回は、プロデューサー/マネイジメントの立場から音楽制作の現場に関わっている山口哲一さんによるCDの30年とこれからの話。

この記事の筆者

1964年東京生まれ。音楽プロデューサー、コンテンツビジネス・エバンジェリスト。株式会社バグ・コーポレーション代表取締役、デジタルコンテンツ白書(経済産業省監修)編集委員。プロ作曲家育成「山口ゼミ」主宰。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバルな視点、異業種コラボレーションを掲げ、実践的な研究を行っている。著書に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本(ダイヤモンド社)』『プロ直伝!職業作曲家への道(リットーミュージック)』『世界を変える80年代生まれの起業家(スペースシャワーブックス)』などがある。

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「音質」の良し悪しの基準は難しい

 「音質」がテーマの原稿を書くとは思いませんでした。「良い音」というのは難しいテーマです。曖昧な定義で語られ、主観的な基準で判断されることだからです。
 最近、サウンドプロデューサーの佐久間正英さんがご自身のブログで、レコーディングの「クオリティ」低下について書かれて、論議を呼んでいました。ブログやツイッター、フェイスブックなどで賛否、様々な意見がありましたが、「録音物の品質の高低」は、語る人によって定義も基準も違うのだなと、改めて思いました。

ブログ「Masahide Sakuma」
2012/6/16音楽家が音楽を諦める時
2012/6/16昨夜の投稿の追加文
2012/6/19音楽における音情報

 「音質」も同様です。ダンスミュージックでクラブで踊る、ドライブしながらカーステレオで聴く、好きなアーティストの作品を自宅で聴く、移動中にヘッドフォンで聴く、様々な状況があります。音楽のジャンル、シチュエーション、目的、ユーザーの嗜好などなど、一括りに「良い音」という前提を設けること自体に無理があります。
 しかも、そもそも僕は、音楽を作って、売ることを生業にしていますので、下手な発言は「天に唾をして」自分に返ってきてしまいます。非常に語りにくいテーマですが、今の日本の現状では必要があると思い、このコラムを引き受けました。

レコーディングの「品質」管理は、エンジニアとの信頼関係が基本

 音楽の仕事に携わって20年以上になります。アーティストのマネージメントをベースに、作品のプロデュースや、新人アーティストの立ち上げ企画に数多く関わってきました。
 その際の、僕の基本スタンスは「クオリティの基準は、レコーディング・エンジニアとアーティストに委ねる」というものです。日本の第一線のプロフェッショナル・エンジニアの技量の高さは世界屈指のレベルです。自分が信頼できるエンジニアと作品をつくる音楽家の両者が納得できるレベルであれば、品質については、まず問題ありません。レコーディングの責任者としては、原則的にその判断を追認します。僕自身は、できるだけユーザーに近い視点を保って、「商品として広く受け入れられる」という基準ですり合わせをすることを指向します。彼らが望む「高品質」が「商品性」を損なうと判断した場合に限り、異論を挟んで話し合います。
 音楽家は細部にこだわります。時には、ディティールにこだわりすぎて「木を見て森を見ない」状態になることがあります。プロジェクトによって、そのゴールや役割分担は様々なのですが、大まかに言うと、「森を見る」方向への修正が僕の仕事になります。
 ちなみに、音楽制作の現場には「スタジオマジック」という言葉があります。細部まで聞き取れる音楽スタジオの再生環境で制作をしていると、良いと思っていた作品が、ユーザーの再生環境レベルでは伝わらないということを示す言葉です。レコーディングの最終段階であるミックスダウンでは、ベストの環境での再生と、ラジカセ(って見なくなりましたね)的な小さいスピーカーと複数回以上の再生でチェックするのが一般的な作業の行程です。


 個人的には、音質に興味が無いわけではありません。高校時代に吉祥寺のジャズ喫茶(死語ですね)でバイトして、卒業が危うくなったという経歴もあります。JBLスピーカーの大音響で育った最後の世代かもしれません。
 ただ、ユーザーが感動するのが音楽の本質だと捉えると、殊更に音質の良さばかりを強調することは、音楽プロデュースの仕事からずれてしまうこともあると感じていました。

悪夢のようなCCCD導入

 コピーコントロールCD(CCCD)が登場した時も、音質にフォーカスした論議には加わりませんでした。ノイズデータを入れて、リッピングの読み取りを防ぐという技術は、発想そのものが問題外です。「COMPACT DISC」という規格を促進してきた企業がCDプレイヤーでの再生が保証されない商品を売ることは、商道徳としても間違っています。リッピングを止めさせたいという気持は理解できますが、あまりに拙速なやり方に憤慨していました。
 当時、一部のネットユーザーが、CCCDの採用をアーティストの「踏み絵」にする言説が出てきたので、所属アーティストに矛先が行かないよう、アルバムリリース時に、事務所社長として「CCCDのガードを越えて、この歌が皆さんに届きますように」というメッセージを公式サイトに掲載したことがあります。批判は覚悟の上です。拒否すれば発売時期が大幅に遅れてしまうという状況でのギリギリの判断でした。アーティストや作品のタイプや、その時の状況によって、善悪二元論で語って済むことでもないのです。
 その頃の事は、あまり思い出したくないですが、実際、リッピングが問題になった時に、レコード会社がSACDやDVDオーディオや、規格そのものをアップグレードする姿勢をとっていたら、音楽ファンからの印象は、随分違っただろうなと思い、残念です。新規格をうまく浸透させられたかどうかは微妙ですが、ユーザーから「悪の権化」の様な受け止め方をされる事は無かった気がします。とはいえ、もう10年前のことです。昨今の「違法DL罰則化」問題で、もうとっくに姿を消しているCCCDの話を蒸し返す一部の反対派は、随分、執念深いなと呆れましたけれど…。

以下の用語に関してWikipediaでご確認ください。
コピーコントロールCD(CCCD)
SACD
DVDオーディオ

30年前から進歩していない「音質」

 このように「音質は音楽の本質とは、別のレイヤーのことだ」というスタンスをとってきた僕から見ても、昨今の音楽再生状況は、度はずれて酷すぎます。
 CDの登場は1982年です。アナログ・レコードの生産枚数を抜いて、主役になって25年以上経ちました。日進月歩、ドッグイヤーだ、マウスイヤーだと言われている技術革新の時代に、30年前に作られた規格が、標準として使われているのは音楽業界くらいです。
 映像と比較しても、その差は歴然です。映像業界は、ハイビジョンや3Dなど、ユーザーをより楽しませるための「進化」に挑戦しています。
 実は、レコードからCDになった時に、利便性は向上しましたが、音質については、劣化している側面もあります。人間の耳には聞こえないとされている帯域を機械的に切り捨てているからです。その後も、高音質規格を広める努力を怠ってきました。
 このコラムでも、高音質配信について書かれていましたが、通信事業者から見ても、音楽配信ほど帯域を広く使おうとしない業種は無いそうです。
 音響機器メーカーも衰退しています。「圧縮された音源を携帯電話やiPodで聴く」以外の方法が無くなるのは、ファストフードでしか食事できなくなるようなものです。300円の牛丼から3万円のフレンチまで、多様性が担保されることが、豊かな文化の基本ではないでしょうか?

パッケージの新しいあり方にも挑戦したい

 4月から始めたトーク&懇親会イベントsensorの第3回に尊敬する業界の先輩、佐藤剛さんをお招きしました。イベントの中で、剛さんがアナログ盤の復権を主張されていて、共感しました。片面23分程度で、耳当たりも良い。ジャケットも美しくて、コレクションとしての価値はCDより高いです。
 剛さんが推奨されていた、針を使わずに、アナログ盤を再生する「レーザーターンテーブル」も興味深いです。今は数百万円するようですが、アーティストとのコラボ商品企画など、値段も下げて、もっと普及される方法を考えたいとおっしゃっていました。僕も関わりたいと思っています。

 音楽ストリーミングサービスが日本でも本格的に始まります。クラウド化して音源を管理することで、これまで不幸だった音楽とITの関係の「正常化」が期待できます。そして、ストリーミングが一般的になっていくと、音楽ファイルをデータとして個々のPCで保存する必要が無くなっていきます。
 一方、パッケージには、アーティストとの関係性の証、「記念品」「コレクション」というような付加価値があり、ユーザーにとっては、音楽を聴くだけなら必要ないのに、「わざわざパッケージを購入する」となると、よりコレクションとしての価値が求められるでしょう。
 アナログ・レコードとパーソナル・クラウド(その人だけ、どのデバイスからでも聴けるように提供するサービス)利用権をセットで販売するなど、新しい「商品開発」に、取り組んでいきたいと思います。
 「音質は、音楽の本質では無い。けれど、今は音楽の価値を損ないかねないくらい、ユーザーの音楽鑑賞の環境が劣化しているので、改善が必要だ。テクノロジーの進歩を、もっと音楽に活用しよう」というのが、僕の意見です。
 状況は危機的です。音響機器の製造メーカーや配信事業者も巻き込んで、ユーザーに音を聴いて楽しむ=素敵な音楽体験の提案をしていきたいです。音楽を愛する人たちみんなで、知恵を出し合っていきませんか?

■告知

2012年4月よりマンスリーイベント『sensor ~ it&music community』を主宰。
次回は、7/23(月)『ソーシャル・ミュージック会談 ~ 次世代音楽のビジネスモデルについて本気で考えるの巻

■この筆者「山口哲一」の関連リンク

blog:「いまだタイトル決められず
Twitter:http://twitter.com/yamabug
詳細プロフィールはこちら:http://ht.ly/42reJ

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