コラムスピン :第28回:音楽業界には新たなエコシステムが必要

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第28回:音楽業界には新たなエコシステムが必要

Music Unlimited、iTunes Match、Spotify、LittleMonsters.com……新たに生まれるサービスが、音楽家とリスナーの関係を変えていく!?

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レコード会社に勤務、宣伝・営業を担当。ソーシャルメディアを始めとしたテクノロジーの進化がコミュニケーションやライフスタイルを大きく変えていく事に可能性を感じ、音楽業界の問題解決に取り組みたいと考えています。ブログでは業界を取り巻く環境や市場の変化からどのような新ビジネスや戦略が必要なのかを考察をしています。MBA取得のためグロービス経営大学院に通い来期の入学目指して奮闘しています。

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昨今の音楽業界を取り巻く環境の変化には目を見張るものがあります。新たなパラダイムを迎えこれまでのビジネスモデルが通用しなくなり、多くの課題を抱えているのが現状です。その中でも最も解決すべき問題なのは、「アーティストが音楽活動だけで生活できるほどの収入が得られない」ということです。この事は近い将来日本の音楽業界にとって非常に大きなリスクになります。この問題の解決のためにはCD販売、音楽配信のビジネスだけでなく、アーティストの権利収入を含めたいわゆる360°ビジネス、さらには新たなビジネスモデルの構築により事業を多角化することで、収益を向上させることが必要になってきます。ただしここにも大きな課題があります。今は情報の流通やその影響力、“体験の共有”という音楽に対するニーズが変わり新たなパラダイムを迎えています。音楽業界の課題解決、改善のためにはITとの密な連携が必要であり、そしてアーティストが十分な収入を得られるためにも、新たなエコシステムの構築が必要になってきます。今回はなぜそうなのかをお伝えさせて頂きます。

有望なアーティストの輩出が減ってゆくリスク

こちらのグラフはアーティストのデビュー数の推移を表したものです。グループは1組を1名と計算されています。

デビュー数推移

デビューアーティスト数が2010年から大幅に減少しているのが分かります(2010年の前年比は72%)。この年はこれまで成長を続けていた有料音楽配信の売上高が減少に転じた年です。さらにCDにDVDなどの音楽ビデオの売上高も減少しており、引き続き業界全体が大きく縮小した年でもあります。再デビューアーティスト数を見てみると2010年は前年比54%と大きく減少しています。ファンが多くついているアーティストの活動再開、再結成をする事である程度売り上げが見込めるため、近年ブームのようにこのような傾向が見られますが、そのようなアーティストにも限りがあるため減少に転じたのではないでしょうか。ただ2011年は前年比130%と再び増加しているのは今後の傾向を見る上で注意が必要です。

さてもう一つ注目したいのが中堅アーティストに有望な新人アーティストの活動休止や解散についてです。こちら(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/j_rock_and_pops/wiki_header/?hn=6)に2012年と2011年の活動休止・解散と再デビューのアーティスト数がまとまっています。発表されている全てのアーティストが記載されているデータではないかもしれませんが、2012年は東京事変レミオロメンCHEMISTRYGO!GO!7188School Food Punishmentなど有名・有望な新人アーティストの解散や解散の予定が発表されています。そしてプリンセス プリンセスの期間限定再結成、コブクロの活動再開など大物アーティストの復帰も記憶に新しいところです。活動休止、解散には音楽の方向性や事務所との方針など様々な事情が考えられますが、やはり資金的な問題が大きいのではないでしょうか。ここはあまり深堀しませんがアーティストが成長し規模が大きくなるにつれより多くの資金も必要になります。音源販売のビジネスモデルが行き詰っている現在では予算をかけても果たして回収できるのか、利益が生み出せるのか非常に難しい状況です。これは新人アーティストにとっては音楽活動だけで十分な収入を得ることがより厳しい状況であると言えます。そして活動休止、解散を発表したアーティストの再デビューですが、もちろん利益の向上が目的なだけでなく様々な想いや意思によって行われていると思います。ただし多くついているファンの数や過去のカタログなど、あまりコストをかけず売上が見込めるため短期的な収益が期待できるという側面があるのも事実です。

ここで改めて音楽業界のパラダイムが変わっていることを考えたいと思います。
現在は情報化社会であり情報量は格段に増加しました。そしてユーザー同士で情報を共有(シェア)するようになり、趣味嗜好は多様化しそれに伴いコンテンツも多様化しました。ニッチな市場が増え以前のように単体アーティストでマスを獲得していくことが非常に難しくなりました。だからこそユーザーのニーズを満たし、マーケティングを正しく行いアーティストのブランドを作っていくことが重要です。先日違法ダウロード刑事罰化が可決されましたがこちらには大きな懸念があります。なぜなら権利でコンテンツを縛り囲い込むことは、ユーザーの共感によるシェアやコラボレーションといった“体験の共有”を大きく制限してしまいます。これはユーザーのニーズに沿っておらずアーティストのブランド形成を大きく阻害します。ブランドを作る事ができなければ多くのコンテンツの中に埋もれていくことになるでしょう。

テクノロジーの進化により今は手軽にコンテンツの制作、発信、共有が行えるようになりました。そしてニコニコ動画という自由に“体験の共有”が行える場も生まれています。さらにニコニコ動画の新サービス NicoSoundGumroadなどユーザー同士が直接コンテンツを売買するサービスも登場しました。もしアーティストがこのようなサービスを提供する方へ大きくシフトすれば、新たな文化が成長する一方で、今後音楽業界から有望なアーティストの輩出がさらに減っていくことが考えられます。

つまり衰退期に入っているビジネスモデルへの依存、さらには権利による囲い込みは現在の音楽に対するニーズに合わないため、アーティストのブランディングと収益には結びつかず負のサイクルを生んでいます。そして自由に“体験の共有”ができる、音楽やコミュニケーションを楽しむことができる場やサービスにユーザーはシフトしています。共感による新たな文化が成長する一方で、「アーティストが十分な収益を得られない」という問題を解決できなければ、有望なアーティストの輩出はさらに減り音楽業界は衰退し続けていくでしょう。

マネタイズの問題解決には多くのITサービスとの連携が必要

7/3にSONYの定額制音楽配信サービス「Music Unlimited」がスタートしました。30日間で1,480円、楽曲をフルで聴けるのは有料プランのみですが、SONY製品を始めとした様々なデバイスで1,000万曲以上の音楽を聴き放題で楽しむことができます。アーティスト名を入力するとそのアーティストに基づいたチャンネルを作成する「マイチャンネル」、最新のチャートや新曲の配信が分かる「チャ-ト」、お気に入りのような「マイライブラリー」、スマートフォンなどの利用時にオフラインで聴くことができる「プレイリスト」、そして楽曲の好き・嫌いを選ぶ事でユーザーの嗜好を学習し、ユーザーの好みだと思われる音楽をオススメするパーソナライゼーション機能など、利便性の高い機能が揃っています。音質はHE-AAC 48KBPS。

sony music unlimited

ただし“体験の共有”という点では弱いように感じます。いいね!やツイートといったシェアボタンはあるものの他のユーザーとお気に入りやプレイリストの共有をする事ができません。おそらく今後は対応していくものだと思われます。

そして2012年後半に日本でもスタートすると明らかになった「iTunes Match」。2月にスタートしたiTunes in the CloudはiTunesで購入した楽曲がiCloudにより同期されますが、iTunes Matchは年間の利用料を支払えば、自分のiTunesライブラリにある楽曲がiTunes Storeにある2,000万曲以上の楽曲に含まれる場合そのままiCloudに同期されます。楽曲が含まれていない場合はアップロードされiCloudでの利用が可能になるとのこと。音質は256kbps。

itunes match

“体験の共有”で気になるのは、Appleの音楽SNS「Ping」がiOS6が登場するこの秋に終了するというニュースがあった事です。iOS6の先行告知でもFacebookがiOS6全体と統合とあり、Spotifyのように深く連携していくのでしょう。

Music Unlimitedは音質や“体験の共有”という点では課題があるように思いますが、日本でこれだけの曲数と利便性を持った定額制音楽配信サービスが始まった意義は大きいです。iTunes Matchが年内にスタートすればこの2つのサービスの競争により、定額制音楽配信サービス自体が日本で浸透し音楽の聴き方・楽しみ方も大きく変わっていくでしょう。ただしこのサービスだけでマネタイズの問題が解決する訳ではありません。プロモーションとしての価値は高くても、多くの再生回数を得られるだけではアーティストが十分な収益を得ることは難しいからです。

Jay KogamiさんのSpotify「音楽アプリ」が連れてくる、デジタル時代の新たなる音楽体験~レコメンデーションや共聴など、多様な音楽の楽しみ方が消費に繋がる~でもある通り、継続的な音楽との出会いとロイヤリティの向上のためには“新しい音楽体験の提供” が必要です。音源の販売や定額制のサービス以外にも、グッズやライブのチケットなどのアーティストの権利に基づいたビジネスがありますが、毎回グッズを購入したりライブに来てくれるのはただのファンではなく熱心なコアファンです。アーティストのことを知らないユーザーにいきなりコアファンになってもらえることはまずないでしょう。ブランディングが重要なのは先ほど述べた通りです。これからはサービス提供者側のマネタイズだけでなく、アーティストのブランドを作りマネタイズの問題を解決するための仕組みが必要です。そのためにはコンテンツを解放しITとの密な連携が必要不可欠です。ただコンテンツを提供するだけでなくアーティスト自身が積極的にサービスを活用する事も大事でしょう。さらにプレイリストの共有、同期・非同期での共有だけでなく、コンサート情報を一元化するSongkickのようなO2Oの領域はこれから大きく成長していくと思います。

参照:ITmedia ユニークなサービスで音楽界を盛り上げ 英Songkick

アーティストにとって単体のサービスだけでなく様々な領域のサービスが掛け合わさっていくことは、一つ一つのサービスから得られる収益は小さくともトータルでは大きなものになり、ブランディングに対しても大きな恩恵を受けることができます。

さらに重要なポジションになるファンコミュニティ

持続的な関係を構築しなければいけないのはITサービス側だけではありません。オフィシャルのファンコミュニティやファンクラブの運営は非常に重要になっていきます。なぜならコアファンが最も多く訪れる場であり、従来の様な一方的なコミュニケーションを取っていては大きな機会損失につながるからです。ファンのニーズは何なのか?フラットな立場で徹底してファン・消費者の目線に立って双方向的なコミュニケーションを取らなければダメです。そこから新たなサービスや企画のヒントを得られるかもしれないし、その制作にファンに参加してもらったり、ファン同士のコラボーレーションを促すことで、ファンの自分ごと化が促進され強い絆を作っていく事が重要になるからです。

事例として大きな示唆を与えてくれるのが、先日ついに一般公開されたレディー・ガガのファン用SNS「LittleMonsters.com」です。

gaga

ファンが自由にレディー・ガガの写真をアップすることができ、共有によってコミュニケーシュンが促進されています。またファン同士でチャットやメールなども行うことができ、レディー・ガガの最新情報だけでなく本人からのメッセージを読むこともできるそうです。コアファンの強い欲求を満たすことができ、他のサービスにはなくオフィシャルなファンコミュニティ、ファンクラブにしかないサービスがあればそれに見合う対価を得ることもできるはずです。ただしそれは決して搾取ではなくアーティストの魅力を伝え、高い満足度を提供し続けるものでなくてはなりません。

これに対し大きな可能性を感じるのが、アーティストのクラウドファンディングの活用です。これは矢野悠貴さんのコンテンツがフロー化していく時代の“体験”の価値とクラウドファンディングの可能性で具体的かつ有用性の高さを証明する考察をされています。段階的にファンのニーズを満たすことで徐々に自分ごと化を促進しコアファンになってもらえること、オンライン・オフライン両面でのプロジェクトの立案という柔軟性、テストマーケティングとしても最適だと思います。

以上の3つのポイントから「アーティストが十分な収益を得られない」という問題を解決し音楽業界の活性・発展のためには、様々なITサービスだけでなくオフィシャルのファンコミュニティなども含めたエコシステムの構築が必要であると言えます。そして新たなパラダイムを迎えている現在はコンテンツを100%コントロールしようとはせずに解放する事が大切です。それこそがユーザーの“体験の共有”を生み、ニッチ化していくコンテンツビジネスにおいてブランディングに大きく貢献します。アーティスト・レーベルがフラットな立場でITサービスとユーザーに向き合うことで、音楽ビジネスに対する様々なニーズを見つけていくことができると思います。そしてそれは多くの市場機会を生み出すでしょう。そうすれば音楽スタートアップの参入にもつながり、ユーザーは利便性の向上や新たな音楽体験を得ることができ、アーティスト・レーベルにとってはブランディングと収益につながりそれぞれが恩恵を受けることができるはずです。マスを獲得していた時代と比べて業界の規模は小さくなるかもしれません。ただし業界の負のサイクルを断ち切ることで、多様性による新たな音楽の楽しみ方と新たな文化の誕生といった可能性に満ちた正のサイクルを回すことができるのではないでしょうか。

僕はコードを書いたりデザインを作ることはできませんが、音楽業界の問題解決に貢献したいと考えています。同じような問題意識を持たれている方がいらっしゃったら、みんなで協力して新たな音楽ビジネスを生み出していきませんか?

■この筆者「伊藤 雅啓」の関連リンク

ブログ:http://itomasahiro.arrow.jp/ Twitter:https://twitter.com/i_T_O_ Facebook:https://www.facebook.com/#!/masahiro.iTO1120

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