読むナビDJ :第5回:日本のネットレーベルをまだ知らないアナタのために

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第5回:日本のネットレーベルをまだ知らないアナタのために

CDの販売促進として音源ファイルを無料で配布するのではなく、 今の音楽のあり方を新たに提示する枠組みとは?

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日本のネットレーベルの代表的存在であるMaltine Recordsが全国流通CD『MP3 Killed the CD Star?』をリリースしてから、8月4日で1年経った。ネットレーベルがCDを出すことの意味は問われ続けてきたし、その試みが成功したかについては議論の余地があるが、Maltine Recordsをネットレーベルの中で「代表的存在」として位置づけることには成功したと思う。そうした宣伝効果はネットレーベル内部に向けては十分にあった。では外部に対してはどうだろうか。このことを知っていた人はどれだけいるだろう。

2000年代に入ってから徐々に広まり始めた「ネットレーベル」という音楽流通の形態について、知っている人と知らない人の温度差はまだまだ大きい。しかし「つまりインターネットを積極的に使ってアーティストと楽曲を広めようとしているレーベルのことでしょ?」という誤解のままやり過ごしてしまうには、どうにも惜しいものがある。なぜならここにはインターネット時代の音楽のあり方・やり方が、既に一つはっきりと提示されているからだ。

ここで取り上げるネットレーベルは「この音源をダウンロードして気に入ったらCDを買ってね(お金を払ってね)」という販促を目的としたウェブサイトではない。ほとんどのネットレーベルはCDなどの物理的な商品を制作しておらず、無料のデータ配信のみで音楽流通が完結している。レーベルがアップロードしたMP3ファイル音源を、リスナーがダウンロードする。それだけだ。お金を払えば全長版や高音質ファイルが貰えるとか、特典がつくとか、そういう形態でもない。ごくたまに「Donate(寄付)」ボタンが横に置いてあって、リスナーがお金を払いたいと思えば払えるようにしている場合もあるが、別にそれによって特別なサービスが受けられることは多分ない。言ってしまえば、彼らはネット上の音源ファイルそのものでお金のやり取りをすることを重視していないのだ。

代わりに彼らの多くはイベントを開催することによって結果的に対価を得ている。前述したMaltine Recordsが主宰するパーティはほぼ毎回満員で、出演DJ/ミュージシャンが手売りするCD-Rやグッズもよく売れているようだ。楽曲はフリー公開だから、来場者のほとんどは出演者の音楽を知っていて、会場の一体感が強まり、満足度が高くなりやすい。また、ネットを中心に活動しているために、コミュニケーションを常日頃取っている相手でも、実際に顔を合わせる機会はあまりなく、イベントがオフ会のような交流の場になることも少なくない。こうした「モノを売るのではなく体験を売れ」ということの実践がネットレーベルでは当り前に行われている。

なぜこのような形態が自然に広まったのか。ネットレーベルの多くが、主宰者が学生の頃に始めたもので、生活費を稼ぐ必要がないから、お金に対するシリアスな意識もまだなかったという点は、大きな理由の一つである。そもそもネット上で音源を販売・購入する能力に欠けていた(システム構築の技術不足やクレジットカードの未所有率など)、という側面もあるだろう。

ただ、音楽ファイルにかけたコピーガードを巡る不毛なやり取りを各個人で対処するなど現実的ではないし、ならばいっそコピーされても問題のない、音源が広まれば広まるほど自分達に恩恵がある環境を作ることができたら、それが一番だと考えられないだろうか。ネットレーベルはその環境作りをずっと行っていて、インターネット時代に合った音楽のあり方を、一つ体現しようとしている。これが最適解かはまだ判らないが、彼らの活動のサイクルは、音楽関係者以外にとっても興味深いものであるはずだ。

それではネットレーベルで公開されている音源の中から推薦・紹介していきたい。結局、色々と説明したところで、実際の音楽が良いか悪いか(好みか好みではないか)、そこがすべてだろう。年代順に紹介していくが、どれから聴いても構わない。

Dong『旅するコドモ』(16次元レコード/2006年)


日本のネットレーベルの始まりには諸説あるが、現在につながる人の流れをふまえれば、2001年12月にスタートした学生音楽集団ヤングスポーツが源流といえるようだ。テクノ、チップチューン、アンビエントなど多様なスタイルを武器にしながら、2004年春頃には活動を終了してしまうが、ヤングスポーツに参加していた面々のうち、丼は16次元レコードを、guchonは鯖缶レコードを、ディスク百合おんは胸毛レコーズを立ち上げた。16次元から丼(Dong)がリリースした本作は、架空のゲームのサントラのような雰囲気を漂わせたセンチメンタルかつハードコアなチップチューン。もとは2004年にM3で販売した音源をフリーダウンロード化したもの。

imoutoid『ADEPRESSIVE CANNOT GOTO THECEREMONY』(Maltine Records/2007)


日本のネットレーベルの歴史は本作リリース以前以後で線引きがある。キャッチーな美少女ゲームのサンプリングを混ぜつつ、ブレイクコアやエレクトロニカをスタイリッシュに消化し、フュージョン的なテイストも感じさせながら、最終的なアウトプットがポップ・ミュージックとして強度を持つ。あまりにも異質な音楽だったためレーベル・オーナーも当初ピンと来なかったというが、雑誌『STUDIO VOICE』『Quick Japan』で紹介され、オンライン/オフラインで「ネットレーベル」の認知を高めるのに一役買った象徴的な作品。imoutoidは2009年に急逝してしまったが、残した音源が現在も新しいファンを獲得し続けている。まずはここから。

mirrorball inferno『KIKI LALA OVERDRIVE』(青春不眠/2009年)


岩屋民穂とeBoyの二人によるディスコ/エレクトロ・ユニット。決して新しい音楽のスタイルではないが、薄暗いクラブで踊り続けているうちに、脳内麻薬が染み出し自分と音楽の区別がつかなくなり始めそうな、やけに安定感のあるダンス・トラックが並ぶ名作。岩屋はGraphersRockという名義で商業デザイナーとして活動しており、Maltine Recordsの作品のデザインもいくつか手がけている。なお2005年9月に発足した青春不眠はデザイナーである左腕(迫田容満)が主宰。GraphersRockや左腕がネットレーベルのグラフィックを手がけるようになってから、日本のネットレーベルのビジュアルが変わり始めた。

Go-qualia『Tsukasa de Construction』(つかさRecords/2010年)


ニコニコ動画で発表していたアニソンのリミックス楽曲の突き抜けたポップさと、見え隠れする実験精神が注目を集めていたDJ/リミキサー。本作は音の粒子をデザインするようなアンビエントに切り刻んだダンス・ミュージックを融合させたポップ・エレクトロニカ作品。2009年後半頃、話題になる人が固定化しはじめ、少し停滞気味に見えていたネットレーベルに、ニコニコ動画から接近してきた新たな才能、という印象だった。2011年にはworld's end girlfriend主宰のVirgin Babylon Recordsへの参加が決定している。つかさRecordsは漫画/アニメ作品「らき☆すた」に登場するキャラクター「つかさ」を象徴的に扱ったネットレーベルで、公式サイトがTwitterのアカウントだけというTwitterレーベルの先駆けでもある。Go-qualiaはつかさ以外にもNovier Recordsなどのレーベルからリリースがあるが、2010年夏以降はYakoが始めた分解系レコーズを中心にリリースしている。分解系の設立理由は「Go-qualiaをもっと世に広めるために」だとか。

adustam『galapagos escalator』(Sayonara Records/2010年)


レコード盤を四つに割って再接着したような、クリスチャン・マークレイ的カットアップが落ち着かない上モノと、低音の効いたビートによるダンス・ミュージック作品。ここ数年のエディット・ブームが『Broken Music』まで回帰して戻ってきたような奇妙な印象は、クラブ・ミュージックしか聴いていないミュージシャンからは出てこない発想に思える。プロフィール情報がほとんどなく作者の経歴は判らないのだが、偶然の産物ならかなりの閃きだ。Sayonara Recordsは倒錯社(似非原)が運営しているネットレーベル。

fu_mou『Green Night Parade EP』(ALTEMA RECORDS/2011年)


ネットレーベルの特徴は良くも悪くもボーカル(歌メロ)が入った作品が極端に少ないことだが、本作はポップなメロディが柔らかに(高らかに?)歌われる、エレクトロ・サウンドとコラージュで味付けし、ファンタジーとポップスの関係性を追及した、VROOM SOUNDから出ていてもおかしくなさそうなフューチャー・ポップの傑作。ゲーム・ミュージック・リミックスである表題作は、ネットレーベル系イベントの新しいアンセムとして既に親しまれているという。sir_etokとbolophexが主宰するALTEMA RECORDSは北海道で活動しているネットレーベルで、CallaSoiledをはじめ他のリリース作品にも佳作が多い。

V.A.『HARUTA EP』(Lowfer Records/2011年)


日本初のダブステップ専門ネットレーベルとして2011年6月に新設されたchefoba主宰のLowfer Recordsの第一弾リリースは、複数アーティスト参加のコンピレーション。どこかセンチメンタルなムードを持つ素晴らしい一曲目のmononofrog_4sk「soda float」から始まり、捨て曲がない。普段ダブステップを作っていないアーティストにも依頼したことが功を奏したのか、それぞれのアプローチが独特で全体的に質の高さが際立つ。今後のリリースにも期待が高まる。

今回紹介したのはポップな印象の作品がほとんどだが、聴き進めていくと多種多様な音楽に出会うはずなので、あくまで入り口としてほしい。

■この筆者「barbora」のコラム

読むナビDJ 第17回:VOCALOID曲・再入門講座(後編2009-2011)
読むナビDJ 第12回:VOCALOID曲・再入門講座(前編2007-2008)
読むナビDJ 第8回:インターネットと音楽の歴史を辿って(後編)
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