コラムスピン :第57回:音楽を知らずして、音楽産業は語れない-記憶と記録の危機状況

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第57回:音楽を知らずして、音楽産業は語れない-記憶と記録の危機状況

~ビジネスモデルも大事だけど、肝心の中身は?~

2012年度末を締めくくるコラムスピンは、音楽プロデューサーの牧村憲一さん。音楽を「掘る」楽しみ、「記録」して語り継ぐ意義についてのお話です。

この記事の筆者

1946年東京都渋谷区生まれ。ユイ音楽工房の設立に参加。オン・アソシエイツ音楽出版を経て、独立後は、シュガー・ベイブ、センチメンタル・シティ・ロマンスらの宣伝制作会社を設立する。竹内まりや、大貫妙子、加藤和彦の制作、プロデュースに関わる。80年代は細野晴夫臣主宰のノン・スタンダード・レーベル、90年代にはフリッパーズ・ギターの制作、渋谷の総本山と称されたTRATTORIAや、L⇔RがデビューしたWITSなどの数々のレーベルを興す。インディペンデント・プロデューサーの先駆け的存在。

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「音楽」の危機と、「音楽産業」の危機の混在

かつてレコード産業の年間売上は、豆腐産業の売上と同じだと言われてきました。この比較、意外性とわかりやすさで結構好んで使われてきました。
豆腐産業の現状は、流通形態つまり造る売るの分離が進んだことにより変化したはずなのに、家計調査によれば1世帯あたりの支払う額は年間約1万円。それに5,000万世帯数を掛けた、年間5,000億~6,000億円の売上を相変わらず維持しています。
それに比して昨今のレコード会社の売上金額は、おおよそ3,000億円、配信売り上げを加えても3,600億円あたりで、ピーク時の1998年の6,000億円売上からは、半減しているのです。

これをもって、音楽は危機的状況にあると言われてきています。しかし正確に言えば、これは「音楽産業」の危機状況なのです。深刻なのは、むしろ「音楽」そのものへの投資が著しく低下したことです。レコード会社を軸に、新しい音楽に投資(ファイナンス、スポンサー)してきた体制が崩れたことです。
僕たちが目安にして来た、新人アーティストへの、あるいは新しいマーケットへの投資育成期間が5年、さらに3年に短縮され、今や作品1作分というところまで来ています。
その結果が「売れるものはいい!売れないものは悪い!」という風潮を作り上げたのです。売れるためにはおまけが必要という商品の在り方はさらに加速し、ついにはおまけの方がメインの付録つきお菓子のような現象が起こってしまいました。

「大量複製品時代の終焉」

大量複製品による音楽産業の興隆を、ベンヤミンの1936年の著作『複製技術時代の芸術作品』に求める向きがあります。大量複製技術と芸術の関わりを論じたところから、以後コミュニケーション論、メディア論あるいは文学論、民俗学、文化人類学とも共存するようになります。20世紀最大の文化=音楽は、政治、経済、社会と密接にリンクしてきました。芸術であり同時に経済でもある二面性は、20世紀の間はとてもうまく連動できていました。



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「はやい、安い、美味い」これは良く知られているコピーですが、大量複製品時代を上手に言い表しています。1990年代突如起こった「シブヤ系」ブームに当てはめてみましょう。僕たちが音楽に夢中になっていた60年代後半から70年代は、当然ですがインターネットもスマートフォンもありません。欲しいレコードのためには、情報そのものを自分で探し、入荷日には朝から並んだものです。「遅い、高い、でも美味い」のためでした。この体験を下敷きに「はやい、安い、美味い」への挑戦が生まれました。良いものを、はやく安く提供することを実現しようとしたのです。一時的と言えども、ミュージシャン、スタッフ、レコード店、放送局、音楽誌の良き時代が形成されました。

当初「シブヤ系」は、渋谷辺りのとか、宇田川町周辺の趣味性だけのとかいった、否定的なニュアンスが強い形で使われていました。若者がマンションレコード店で、古いアルバムをサクサクしているのが好きというのは、かなり奇妙な光景に見えたのかもしれません。しかし聴くから演る、知るから試すが蔓延し始めました。渋谷は70年代に入ると、パルコのある公園通りには教会、カフェ、演劇小屋がつくられ、サンジェルマン・デ・プレの模倣といった景色になりました。

一方、道玄坂上にある百軒店は大きな変化を見せず、ロックをかけた最初のJAZZ喫茶ブラック・ホークが、「はっぴいえんど」や「はちみつぱい」の出演していたBYGが存在していました。こうした新旧の混在が、エネルギーを生み出しました。フリッパーズ・ギターがデビューした1989年頃は、六本木 WAVE、渋谷には外資系大量販売型のレコードショップのオープン・ラッシュがありました。日本にして日本ではない街に、日本人による洋楽が生まれたのは必然だったのでしょう。この時、英国との同時進行を目指していた一群が注目していたのが、インディーズでした。


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左:シュガー・ベイブが出演した75年、渋谷ジャンジャンのチラシ
右:書籍「渋谷百軒店ブラックホーク伝説」


左:フリッパーズ・ギターの記事を集めた非売品
右:el Recordsのマイクが作ったサッカー色の強いレーベルとのFAXのやり取り


※ポリスター・レコードで無料配布したサブカル誌

「インディーズレーベルを成功させる為の十戒 」

21世紀に入って10年、ミデムに参加していたインディーズレーベルのオーナーたちによる「インディーズレーベルを成功させる為の十戒(直訳)」という表明を、友人から知る機会を得ました。こんな当たり前のことを確認しなくてはならない時代になったのかという驚きとともに、ここに溢れる「創る」という気概に共鳴したのです。抄訳を載せます。

  • JUST DO IT =とにかくやる。
    「人々に自分が本当に愛する音楽を聴いて欲しい」、という強い情熱を持っているならば、是非レーベルをやってみるべき。土日も働く事をいとわない音楽への強い情熱さえあればまだまだ手を付けられていないニッチでチャンスは残っているはず。
  • BE PASSIONATE =情熱的に。
    ビジネスが厳しい今こそ、ベーシックな原点に立ち返り、「情熱」というキーワードを最も重視するべき時代。もしビジネス的、金銭的な成功をゴールに据えるような人生観を持っている場合はやる時ではない。
  • A LIL' BIT OF MONEY HELPS, BUT DON'T COUNT ON IT =お金に少しは助けてもらって、でも頼りきるな。
    先ずは小さな資金で始めて、一歩一歩手作りで育てているレーベルが結局は生き残る。
  • IT‘S ALL ABOUT A&R =A&R メジャーとダブるものはやるな。
    いわゆる「一発ヒットもの」や 「使い捨て音楽」には間違っても手を出すな。熱狂的な音楽ファンで、がむしゃらに働き、そして才能を発掘出来る才能を持ち合わせたA&R。 結局はそれに尽きる。
  • BUT IT IS ALSO A BUSINESS, SO CONTROL YOUR COSTS =ビジネス、費用をコントロールせよ。
    「音楽」と「お金」の両側面の間で常に正しいバランスをとる事。 「音楽」の方はシンプル。良いものであれば人が気がつく。「お金」の方はかなり複雑で学びが必要。収支のコントロールが出来てこそ継続が可能となる。アーティストも楽曲も常に「時間」を必要とする。 ミュージシャンに必要な時間を与えられるように、その間持ちこたえられるように見越した余裕を持たせた収支コントロールが必要。
  • BE DIFFERENT =差別化が必須
    でもやっているようなレーベル・アーティストをやるのは無意味。
  • CHOSE WHO YOU WORK WITH =誰と一緒に働くかの選択
    似たような志、愛、情熱を持っていない人とは決して一緒に働くな。
  • PROMOTE YOUR MUSIC AND YOUR ARTISTS ON ALL PLATFORMS =全ての方法を使って楽曲・アーティストのプロモーションを。
    今は、「人の耳に届ける」イコール「全てのツールを使ったプロモーション」。 良い音楽というだけではセールスを伸ばしていくことが出来ない。
  • IT'S NOT SIMPLY ABOUT RECORDINGS =レコーディングをすればいい、という時代ではない。
    60年代に多くあったように音楽を軸に全てをやる基地というイメージ。 アーティストに現時点でのベストの環境を提供すること。 (マネジメント、マーチャンダイジング、ブランド化、ツアー、スポンサー探し等々)
  • STAY FOCUSED AND ACCEPT THERE WILL BE MISTAKES ALONG THE WAY =集中して、そして失敗を恐れるな。
    自分がプレーするゲームを慎重に選び、数少ない戦いに全力で集中すること。
    そして最後に、運を味方につけ楽しんでやること!

今僕たちの周りではスウェーデン発の音楽サービスのSpotifyや、アメリカで人気のネットラジオサービス、Pandoraが話題になっています。これらのサービスが「はやい、安い」ものであることは間違いありません。しかし問題はいかに「美味しい」かにかかっているのです。その大きな部分というか、スタート時点にあるのが「創る」ではないでしょうか。

創るということの源

メジャーレコード会社の多くには3つの悪癖がありました。流行っているものを真似する!トップランナーはリスクがきつい。業界の慣習を守る!既得権を邪魔させない。長く細い売上より、短くてもいいから大きな売上を重視してきました。

社員の多くは、とうにレコードやCDを買うこと、買わずともショップに立ちよることもしなくなっていました。リスナー、ユーザーと違うライフスタイルをしていても、疑問さえ持たない者も少なからずいました。音楽を愛し、音楽を職業として選んだはずの僕たちとあまりにも違っていました。僕たちは本来あるべき姿の、良き作品開発、アーティスト開発を取り戻そうとしました。そのヒントが「掘る」「探索」でした。

所詮と言ったら語弊がありますが、すべての日本人の耳は明治以降すっかり欧米基準になっています。ヨーロッパを中心とした、外国曲のメロディーに日本語をのせた唱歌、その延長で試みた日本発の唱歌=童謡創りは、その後形を変えて繰り返されてきました。

一方、戦後の日本のポップス、ロックは、多くをアメリカ、アメリカ経由の音楽に影響されて作られてきました。その試みからはやくも半世紀経ちました。それらの成果であるべきはずのJポップは、「掘る」「探索」を怠ってきたのです。70年代に試行錯誤の上に構築された、日本語とロックの融合への実験すら過去のこととしてしまったのです。

ところで「シブヤ系」の終わりはあっさりとやってきました。リスナーやユーザーが手掛かりにして来たリコメンド、壁のポスターや、試聴は大手レコード会社によって買い占められました。流行っているものを真似する!既得権を邪魔させない。長く細い売上より、短くてもいいから大きな売上を大切にする。見かけ「シブヤ系」の洪水、それで終わりでした。日本人の日本人による洋楽風のポップス、Jポップがとってかわりました。


L⇔Rのキャンペーンで作った渋谷マップ。CD付きで無料配布しました。

「ニッポン・ポップス・クロニクル1969-1989」へ込めた願い

拙著「ニッポン・ポップス・クロニクル1969-1989」のまえがきにこう書きました。
『僕たちは、語り継ぐことをやめるわけにはいかない。1960年代後半、欧米から起こったロック、ポップスのブームは、日本をも巻き込んだ。レコード産業を中心にした日本の音楽市場は、すぐに膨れ上がった。それは結局、1998年までの話となるのだが。
(中略)
約10年前のことだが、「はっぴぃえんどBOX」の発売をリスナーの一人として楽しみにしていたところ、制作スタッフから立て続けに電話が入った。それは、はっぴいえんどに関するいくつもの質問だった。当時の関係者の方々が少なからずこの世を去っていたり、記憶を失いつつあるがゆえに、僕にまで連絡が来たのだった。僕たちの音楽がどうやって生まれ、どう育まれてきたかを記すだけで充分だと思った。
(中略)
素晴らしい証言者を得て、本書はたくさんの「音楽の川」を書くことが出来た。それと共に、その1本づつの川が合流し、大きな河となって流れているのを知ることが出来るはずだ。日本のポップスがいかに多くの人々の情熱や気概によって支えられ、紡がれてきたか。この本を通じて、その一端でも感じ取っていただければ幸いである。』これは、引き継いでくれる若い世代への送り状です。掘って掘って、探索の旅に出る若者へのエールです。

■告知

◆ニッポン・ポップス・クロニクル1969-1989
著者:牧村憲一
出版社: スペースシャワーネットワーク
発売日:2013年3月27日
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現役最高齢の音楽プロデューサー・牧村憲一が、1969年から1989年までの日本のポップス史を1年ごと、時系列に執筆。各年ごとにその年のポップス・シーンを語るにふさわしい音楽関係者をゲストに迎え、彼らが実際に見て、聞いて、体感した事実だけでつづられる、ライブ感覚あふれるクロニクル!

◆未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか
著者:津田大介+牧村憲一
出版社:中央公論新社
発売日:2010年11月
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CDが売れない音楽業界、ライブ・フェスの盛況、双方向のコミュニケーションで生まれる音楽など、多岐にわたり徹底討論。アーティストが自由に発信できる時代の、音楽のあり方とは?全てのジャンルが溶解しつつある今だからこそ問われるべき「未来型レーベル」の構想。

◆横須賀美術館「70’s バイブレーション」
http://momm.jp/70/


開催期間:2013年3月16日(土)~4月14日(日)
※4月1日(月)は休館
開催時間10:00~18:00
入館料当日 1,000円
※高校生以下無料
会場:横須賀美術館 (横須賀市鴨居4-1 TEL 046-845-1211)
企画・製作:MUSEUM of Modern Music

CONTENTS

  • 日本ポップカルチャー年表
    1967 年以降のカウンター・カルチャーから、ポップ・カルチャーが花開く1980年頃までのアルバム・ジャケットや様々なポスターを中心としたアートワークなどを観せつつ、様々なトピックスを交えた巨大なカルチャー年表
  • 日本ロック写真展
    鋤田正義、井出情児、迫水正一といった写真家の手による、70年代ミュージックシーン を象徴する写真たちを展示
  • 70'sライブラリー
    当時の音楽誌を中心に、アート、映画、文学、ファッション、様々なポップ・カルチャーを紹介した雑誌や書籍を、実際に手にとって閲覧できます。
  • キュレーション・ブース
    70年代、六文銭をスタートに、加藤和彦、山下達郎、大貫妙子、坂本龍一、竹内まりやなど錚々たるアーティスト達とゆかりの深い牧村憲一氏をキュレーターに迎え、70年代の音楽シーンを観る!
  • 貴重映像上映
    当時の貴重な映像の封が解かれる!?
  • 70年代ロック青年の部屋
    当時の典型的なロック好き若者の部屋にタイムスリップ!絶好のシャッターポイント名盤試聴会選りすぐりの名盤達を、美術館で聴くめったにない機会
  • その他
    2000枚を超えるアナログレコードジャケットが壁面を埋め尽くす!
    開催期間中に開催予定のトークショウでは、今だから語られるエピソードなどを掘り起こします。
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