コラムスピン :第98回:サプライズの連続!ベテランの貫禄と社会性で揺れた2015年のグラミー

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第98回:サプライズの連続!ベテランの貫禄と社会性で揺れた2015年のグラミー

カニエ事件を始めいろいろと物議を醸した今回のグラミー。ハプニングもあり、アメリカの様々な問題も投影しました。映像はWOWOWでのオンエア版を観ていただきつつ、オリジナルのPVを中心にお届けします。

この記事の筆者

1970年生まれ。音楽ジャーナリスト。NHK-FMで「ライブビート」など制作後、1999年よりフリーの音楽ジャーナリスト。2004年、インディ・ロック雑誌「Hard To Explain」を立ち上げ現在も継続中。2010年、ブラジルのサンパウロに移住。ジャーナリスト活動は依然継続中でポルトガル語、英語の翻訳業も展開。海外エンタメの情報ブログ、THE MAINSTREAMは毎日更新中。

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クセが強く予想が難しい賞争いに、ジャンルや世代を超えた世界の音楽の一流アーティストたちが勢揃いして行なわれる、音楽ファン垂涎のパフォーマンス。グラミー賞の授賞 式は毎年それが楽しみなわけなのだが、今年は質の高いショーに加え、サプライズとハプニングが次々と起こったものとなった。

その衝撃は授賞式の放送開始早々にいきなり起こった。幕開けを告げたのは電光石火の鋭いギター・リフだった。それを繰り出したのはなんと AC/DC。通常、誰もがおなじみの人気セレブのパフォーマンスではじまることが多かったこれまでのグラミーからは考えられない目の覚めるような立ち上がりとなった。ただ、昨今“ロックンロールの象徴”とも目される傾向の強くなっているAC/DCに会場に集まったアーティストや関係者は終始ノリノリでケイティ・ペリーをはじめとして彼らのトレードマークである赤の悪魔の角を頭に挿して体を揺らして楽しむ姿が見られた。

── コラム編集部より ──
グラミー賞授賞式の動画は、オフィシャルで公開されているファレル・ウィリアムス、ジョン・レジェンドを除き掲載が困難なため、他のライブまたは公式MVを掲載しています。

AC/DC

「Highway To Hell」(Live At River Plate 2009)




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このまさに“Kick Ass(ケツを蹴り上げる)”ような貫禄と攻撃性の両方を体現したオープニングのため、後続のパフォーマンス・アーティストがしばらくやや割を食った感じも否めないところだった。その中にはニュー・アルバムからの先行シングル「Living For Love」を披露したマドンナもいて、悪くないパフォーマンスぶりではあったが、今回のグラミーの話題を牽引するまでには至らなかった。

そんなAC/DCの余韻を破ったのも、これまた伝説のロック・バンドだった。それは、ここ最近のイギリスを代表する男性シンガーソングライターのエド・シーランのステージで起こった。彼は1曲目の「Thinking Out Loud」をジョン・メイヤーをギター、ザ・ルーツクエストラヴをドラム、そしてジャズ界の巨人、ハービー・ハンコックをピアノに据える豪華なフォーメーションで表現した後、エレクトリック・ライト・オーケストラを迎えた。70sを代表するグッド・メロディのヒットメイキング・バンドの再結成ステージに会場は沸いた。彼らはまず「Evil Woman」を披露した後、立て続けにエドを迎え入れ、いまだにCMなどでおなじみの名曲「Mr. Blue Sky」で共演を果たした。踊るテイラー・スウィフトをはじめ、客席の多くのセレブたちが口ずさんだ。
そして「ベテランの貫禄」は、まるで今回のグラミーのテーマでもあるかのように引き続いた。現在、全世界的に「Take Me To Church」を大ヒットさせているアイルランドの男性シンガーソングライターのホージアのステージには、元ユーリズミックスアニー・レノックスが登場。彼女はホージアとソウルフルで熱い歌唱合戦を交わした後、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスCCRでおなじみのブルースの名曲「I Put On A Spell On You」を披露。ここでのパワフルで圧巻の歌いっぷりをこの日のベスト・パフォーマンスに推す声も目立った。

Annie Lennox

「I Put A Spell On You」(Official Music Video)




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その後も、レディ・ガガと共演したジャズ・ヴォーカル界の大御所トニー・ベネットの、88歳とはとても思えない、声の伸びとスウィング感を全く失うことのない抜群のリズムのキレなど、ベテランたちは今回のグラミーのステージでその威厳をいかんなく発揮した。

そんな、ベテランたちに押されがちだったステージを現在の若手・中堅が社会的メッセージと共に返し始めた。口火を切ったのはケイティ・ペリーのステージからだった。オバマ大統領のビデオ・メッセージと、ドメスティック・ヴァイオレンス反対の社会団体の女性のステージ上のスピーチの直後に、ケイティは「By The Grace Of God」を、これまでに見せたことのない誠実さで熱唱。1週間前に行なわれたスーパーボウルでの仕掛けの多いパーティ的な演出とは一転して真っ白のシンプルな衣装に影絵だけをバックにした「無」の状態で、女性への非暴力を強く訴えた。

Katy Perry

「By The Grace Of God」(iHeartRadio Album Release Party 2013)




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また、直後に行なわれたファレル・ウィリアムスの「Happy」では、昨年8月にミズーリ州ファーガソンで起こり物議を醸した、白人警官の黒人青年射殺事件の際に、黒人青年が殺害前に最後にとった手をあげる無抵抗のポーズを取った。この行為は、白人警官を無罪にしたことで爆発した黒人社会のやりきれない気持ちを強く代弁したものだった。

Pharrell Williams

「Happy」(Grammy Awards 2015)




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若手・中堅からは、スティーヴィー・ワンダーの名作アルバム『キー・オブ・ライフ』のトリビュートで本家顔負けの巧みなヴォーカルを聞かせたアッシャーの歌声も光った。

肝心な授賞式の方だが、今年の主役は圧倒的にサム・スミスだった。大型の体から中性的で繊細な歌声を聴かせ2014年の世界の音楽界に新風を巻き起こした彼は「大本命」との呼び声の中、新人賞、最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムを次々と受賞。かねてから言われていたように、1981年にクリストファー・クロスが成し遂げた「主要4部門(最優秀レコード、アルバム、楽曲、新人賞)」総なめもありえるのではないか、とも目されていた。そして、それは、まだ弱冠22歳ながら、R&B界随一の実力派ディーヴァ、メアリー・J・ブライジとの夢のデュエットとなった代表曲「Stay With Me」でのクイーン・オブ・ソウルをもろともしない堂々とした歌いっぷりで決定づけられたように見えた。

Sam Smith ft. Mary J. Blige

「Stay With Me」(Official Music Live Video)




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だが、その快挙への期待は意外な形で終わった。それは壇上にプリンスが登場し、通常は最後に発表されるはずの最優秀アルバムの発表を最後から3番目の段階で発表したときだった。そしてプリンスの口から読み上げられた名前は意外にもベックのアルバム『モーニング・フェイズ』だった。

下馬評が決して高いとは言えなかったこともありベックが半信半疑な表情で壇上にあがったその瞬間、ドラマは起こった。なんと、カニエ・ウェストが壇上にあがろうとしたのだ。彼は2009年のMTVヴィデオ・ミュージック・アワードで、ビヨンセが受賞できなかったのを不服として、テイラー・スウィフトからトロフィーを取り上げてマイクを奪った“前科”があった。幸い、カニエは思いとどまってステージを降りたが、このカニエの行為はその後のグラミーのステージに苦味を残した。

カニエはこの日、自身によるパフォーマンスと、リアーナポール・マッカートニーとの夢の共演で2度ライブを行ない、この日の授賞式の貢献者でもあっただけに余計に残念な行為だった。カニエが今回の乱入未遂を起こしたのも、サム・スミスの対抗馬と見られていたビヨンセが賞を逃したことに起因していたが、これを客席で見守っていたビヨンセジェイZ夫婦の「カニエ、一体何をするんだ!?やめてくれ!」といわんばかりの仰天の表情は彼らの本音をしっかり表現していた。


こころなしか、その後に行なわれたベックの、コールドプレイクリス・マーティンとのデュエットによるステージも、もともとがフォーキーで静かな曲という要素もあったものの、なんとなく元気なく聞こえたのも、決して視聴者の気のせいではないだろう。

そして、残った最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞は共に予想通り、サム・スミスが「Stay With Me」で受賞した。結果、サムは主要4部門のうちの3部門を受賞したこととなった。今回、慣例を破って最優秀アルバムを最後に発表しなかったのは、サムの「主要部門全制覇」の期待がかかっている中で、最後を伏兵のベックが奪って行くことで、視聴者の不満が高まるのを運営側が抑えたかった結果からだろう。だが、そんな準備万端なはずだった主催者側でさえ今回のカニエの行為は予想できなかった、ということになるのだろう。

今回のグラミーは、最優秀アルバム賞の発表タイミング以外にも変則性が目立った。ひとつは、賞の発表の終了が比較的早く、全てを発表し終わったあとに、毎年恒例の音楽業界での物故者を偲ぶコーナーをもうけるなど「なぜ、これをこんな後に?」と思える瞬間もあった。

そして、その後、この日の主役になり損ねたビヨンセがパフォーマンスを行なった。歌ったのはオリジナルではなく、ゴスペルの名歌手マヘリア・ジャクソンによる「Take My Hand, Precious Lord」だった。この日の彼女の圧倒的な歌いっぷりは、主役になる、ならないなど全く気にならないほどのスケールの大きさがあり、この熱唱だけで今年のグラミーを十分に象徴できるものがあった。彼女はまだ、グラミー最大の賞である最優秀アルバムだけが取れない状況が続いている。

そしてビヨンセが終わった後は、ジョン・レジェンドが話題の映画『Selma』の主題歌「Glory」で閉めた。この映画は、マーティン・ルーサー・キング牧師が1965年に公民権運動を大統領に施行させる最後の決定的な抗議行動を描いた一作として、黒人社会的に強い意味を持つ作品で、それがゆえに1月に発表されたアカデミー賞で、同作のノミネートが監督賞、主演男優賞を逃すなど予想外の低評価に終わったことも社会的な問題となっていた。

John Legend

「Glory」(Grammy Awards 2015)




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今回のこのエンディングは、黒人の音楽カルチャーに敬意を払うアメリカの音楽界からの、「Selma」騒動への意思表示のようにただでさえ取れたが、その空気感はファレルのメッセージやカニエの抗議未遂などでさらに高まって終わったと言えるだろう。

■関連リンク

第57回グラミー賞 2015
Drillspin データベース

第57回グラミー賞。日本時間2015年2月9日発表。

第57回グラミー賞ノミネーション 2015
Drillspin データベース

2014年12月5日に発表された第57回グラミー賞ノミネーション。主要部門にはイギー・アゼリアやサム・スミス、ファレル・ウィリアムスらがノミネート。日本人では喜多郎が最優秀ニューエイジアルバム賞、スライ&ロビーとコラボしたSPICY CHOCOLATEが最優秀レゲエアルバム賞にノミネートされた。

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