まさに<バンジョー・マン>という名前に相応しい男ビル・キースが、2015年の10月23日にこの世を去った。ブルーグラス界の大御所、ビル・モンローのブルーグラス・ボーイズ出身という輝かしき経歴をもっているが、ブルーグラスの世界に止まらず幅の広い活動をした。ざっくりとそのキャリアがを眺めてみても、ブルーグラス・ボーイズ脱退後には、ジム・クウェスキンのジャグ・バンドに正式メンバーとして加わり、その後も、盟友でもあったジム・ルーニーと組んだブルー・ヴェルヴェット・バンド、サイケ・カントリーの先駆であったアース・オペラなどに在籍した。
バンジョーの世界では<キース・チューナー>という装置を開発した。これはバンジョーのネックに装着して、瞬時にチューニングを変えるペグ(装置)だ。変則チューニングのためというよりも、演奏中に音程を変えメロディーを弾くことに用いられることが多い。その使用方法は下記のリンクのマーク・パットンとの演奏をみてもらえば分かるだろう。
ビル・キースはまたペダル・スティール・ギターの名手でもあった。スティール・ギターはバンジョーとおなじくカントリー・ミュージック系の音楽で使われる楽器なのだが、ピアノとサックスほどの違いがある。唯一共通しているのは、サム・ピック(指先につける金属製のピック)を使うことくらいだ。ペダル・スティールでは、ホール&オーツからスティーヴ・グッドマンまで、バンジョー以上にヴァラエティにとんだ活躍をした。
ビル・キースの功績のひとつが、ブルーグラス界に新風を吹き込んだことだ。当時は<ニュー・グラス>という言い方もされたのだが、ロング・ヘアーの若い世代によるブルー・グラスを築きあげた。その代表が、ピーター・ローワン、デヴィッド・グリスマン、リチャード・グリーンらと組んだミュールスキナーだ。まさに70年代ブルーグラスの金字塔。このセッションに参加したクラレンス・ホワイトも、もうこの世にはいない。
ビル・キース&ジム・ルーニー
Bill Keith & Jim Rooney「Devil's Dream (1963)」
マサチューセッツ州ボストン出身のビル・キースが最初に組んだのが、盟友ともいえるギタリストのジム・ルーニーとのデュオだ。マンドリンにはジョー・ヴァルが、ベースにはジム・クウェスキン・バンドのフリッツ・リッチモンドが参加している。東海岸のブルーグラス・シーンでは、先駆的なグループであった。
ビル・モンロー&ヒズ・ブルーグラス・ボーイズ
Bill Monroe and his Bluegrass Boys「Santa Claus (1965)」
ビル・キースは1963年にビル・モンローのブルーグラス・ボーイズに加入する。この名門ブルーグラス・バンドは学校のような存在であり、ピーター・ローワン、リチャード・グリーン、バイロン・バーライン、ヴァッサー・クレメンツなど、次世代を担うブルーグラッサーが数多く育っている。ビルの在籍期間はそれほど長くはないのだが、ビル・モンローは彼のバンジョーをとても評価していたという。
ジェフ・マルダー&マリア・マルダー
Geoff & Maria Muldaur「Brazil (1968)」
ジム・クウェスキンのジャグ・バンドを抜けたジェフ・マルダーは、妻であったマリア・マルダーとともにデュオ・チームを結成する。このグループは、アメリカのルーツ・ミュージックをロック的に解釈した名演を数多く残した。この「ブラジル」は、テリー・ギリアム監督の映画『未来世紀ブラジル』の中で、主題歌のように使われている。
ブルー・ヴェルヴェット・バンド
The Blue Velvet Band「Sweet Moment (1969)」
ビル・キースが、盟友のジム・ルーニー、元ブルース・プロジェクトのアンディ・カルバーグ、エリック・ワイズバーグ、リチャード・グリーンらと組んだブルー・ヴェルヴェット・バンドは、東海岸派カントリー・ロックの開祖として再評価されてもいいバンドだ。ビルはここでは、バンジョーとペダル・スティールの両方を弾いている。
アース・オペラ
Earth Opera「Home to You (1969)」
アース・オペラは、ピーター・ローワンとデヴィッド・グリスマンが中心となって結成された。活動時期はブルー・ヴェルヴェット・バンドとも重なるのだが、アース・オペラのほうがロック的であり、サイケデリックなアプローチが取られている。ピーター・ローワンはビル・モンローのブルーグラス・ボーイズにも加わっていたことのあるヴォーカリストで、その後もザ・ローワンズなどを率いていた。
カレン・ダルトン
Karen Dalton「When A Man Loves A Woman (1971)」
カルトなシンガーとして人気のあるカレン・ダルトンの71年のアルバム『In My Own Time』。エイモス・ギャレット、ジョン・ホール、ジョン・サイモンが参加しベアズビル・スタジオで録音されたウッド・ストック・アルバムだ。パーシー・スレッジでお馴染みのソウル・ナンバー「男が女を愛するとき」のディープなフォーク解釈が素晴らしい。
ダリル・ホール&ジョン・オーツ
Daryl Hall & John Oates「Southeast City Window (1972)」
ダリル・ホール&ジョン・オーツの72年のデビュー・アルバムにも、ビル・キースは参加している。ホール&オーツは、ザ・テンプトーンズやガリヴァーで活躍していたダリル・ホールが、大学の同級生であったジョン・オーツとともに結成したグループだ。初期でまだブルー・アイド・ソウル色は薄いのだが、そこがまた初々しい。
スティーヴ・グッドマン
Steve Goodman「Don't Do Me Any Favors Anymore (1972)
スティーヴ・グッドマンはシカゴ生まれのシンガー・ソングライター。クリス・クリストファーソンに見初められ、彼のプロデュースにより72年にデビューした。アーロ・ガスリーが歌いヒットした「シティ・オブ・ニューオーリンズ」の原作者であり、他にも数多くの名曲を世に送り出した。このデビュー作には他に、デヴィッド・ブロムバーグなども参加している。
ミュールスキナー
Muleskinner Live「Original Television Broadcast (1973)」
ビル・キース、ピーター・ローワン、デヴィッド・グリスマン、リチャード・グリーン、それにクラレンス・ホワイトが一堂に会したブルーグラス界のスーパー・セッション。映像をみていただければ分かるが、長髪でロック然としたミュージシャンが集まっている。演奏もロック的な雰囲気が満載で、実にエキサイティングだ。
ビル・キース/ジム・コリアー
Bill Keith / Jim Collier「Smoke Smoke Smoke (1979)」
ジム・コリアーはノースカロライナ州出身のギタリスト/マンドリニスト/ヴォーカリストで、現在はレッド・スクワール・チェイサーズを率いて活動している。詳しい経歴などは分からないのだが、このビル・キースとのこのアルバムが、プロとしては唯一のものとなる。スウィング・チューンあり正統派ブルーグラスありの、なかなか楽しい作品だ。
ビル・キース/マーク・パットン
Bill Keith & Mark Patton「Auld Lang Syne (2010)」
2010年にウッドストックで開かれたギター・ショウに出演した際の演奏だ。曲は日本では「蛍の光」として知られている「オールド・ラング・サイン」。曲の途中でネックのあたりを触っているが、これが<キース・チューナー>なのだ。巧みに音程を変えながらメロディを奏でている。イントロの部分も、ビル・キースらしいメロディックな弾き方をしているところにも注目。
ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド
Jim Kweskin Jug Band「Caravan (2013)」
2013年にビル・キースは、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド/リユニオンの一員として、マリア・マルダー、ジェフ・マルダーらとともに来日した。この映像は日本公演とほぼ同時期のもの。ジム・クウェスキンの「Great Bill Keith!!」の紹介に続き、デューク・エリントンの「キャラバン」を演奏する。かなり難しいフレーズが連発しているのだが、それを飄々と弾きこなしている。
ビル・キース、バンジョーとビル・モンローを語る
Bill Keith talks about the banjo and Bill Monroe
ボーナスとして、ビル・キースがビル・モンローとの思い出、そしてバンジョーについて語った映像を。途中でトニー・トリシュカとのバンジョー二重奏のライヴ・シーンが挿入される。
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